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「気になる!くまもと」Vol.998

印刷 文字を大きくして印刷 ページ番号:0112320 更新日:2021年10月7日更新

SDGsの本質は、人間や自然が
“生きもの”であることを忘れないこと。

小国町森林組合の入交さんの写真

小国町と家具の写真
熊本県と大分県の県境、阿蘇の外輪山の外側にある小国郷。町の至る所に湧き出る温泉は、訪れる人々に癒やしとパワーを与える場として、古くから観光地として栄えてきた。夏は涼しく、冬はマイナスまで下がる山間高冷地帯ならではの気候が、命あるものをより健やかに育むことを、昔の人は知っていたのだろうか。小国町は、江戸時代から植林の歴史がはじまり、以来250年以上かけて、山とともに生きてきた林業の町でもある。
小国杉は一般的な杉材に比べて比重が高く、粘り強いのが特長。粘度と強度の高さで知られる「ヤブクグリ」と、サーモンピンクの美しい木肌が内装材として高い評価を得ている「アヤスギ」の2種がメイン。良質な国産材として知られる“小国杉”の名は、世界的にも注目を集めている。

 小国町の眺めの写真
山の懐に抱かれた小国町。取材終盤に入交(いりまじり)さんが案内してくれた、とっておきの眺めに取材班は終始感動しきり。


ここでは、近年盛んに叫ばれているSDGsに、積極的に取り組んでいる。主力産業である林業では、地熱エネルギーを活用した地熱乾燥材の導入や、全国に先駆けてSGEC森林認証※を取得するなど、山と消費者を結ぶ努力を惜しむことなく先進的な試みを続けてきた。のどかな山間の景色が広がる町並みは、一見するとどこにでもある田舎のようだが、目を凝らしてみると、実は阿蘇の地熱エネルギーのように、フツフツと湧き起こる情熱を秘めた町であることが伺える。
そもそも林業は、人々の経済活動を支える産業としての側面もあるが、その根幹には山や森を健全な状態に保つという大きな使命がある。山や森は緑のダムとして人々の暮らしを守り、豊かな山で育まれたミネラルや養分は、川へと流れ込む。下流の海域まで長い時間をかけて届けていく。そうした自然の営みに感銘を受けた10代の頃から、林業一筋に生きてきた人がいる。小国森林組合の入交律歌(いりまじり りか)さんだ。

※SGEC森林認証とは、森づくりのISO認証とも呼ばれる第三者認証で、厳しい審査と更新手続きを経て得られるもの。

 

入交さんが木材について説明する写真
小国森林組合在籍10年を迎えてもなお、林業に携わる人への尊敬の念とまちへの愛情は日々深まる一方だとか。


「農業よりGDPは低く、人材の高齢化が目立つ林業の実態と、あらゆる産業と生態系を下支えする林業の大きな社会的意義のギャップに、当時学生だった私は“のびしろしかない宝の産業だ!”と衝撃を受けました。環境ビジネスはこれから10年後もっと注目されるだろうと直感的に悟って以来、私の人生はずっと林業を軸にしています」。そう話す入交さん。高知県に生まれ、大学では生物資源科学部に進学。大学院ではアカデミックな視点とフィールドワークの視点の両方を学んだ。卒業後は林業の魅力をいかに伝えるべきか、その方法を模索するために福岡のメディアへ就職。その後、取材先だったNPO法人へ転職し、林業や地方への情熱を買われて2012年から「小国町森林組合」に在籍している。10代の頃から林業一直線の“林業女子”として、これまで多くのメディアで注目を集めてきた人でもある。

入交さんたち企画開発チームが制作した商品ラインナップの写真
入交さんたち企画販売チームが 、外部クリエイターと作り上げた商品ラインナップの一部。アロマオイルや木のおばけパズル、コースターなど、1本の木を余すことなく活用している。


現在は「小国町森林組合」の情報発信活動はもちろん、営業から商品の開発や受注、新たな企画立案、木材の地熱乾燥施設やショールームの管理運営などマルチにこなす。時には“林業女子”としてメディアで林業への想いを語り、時には商品の開発担当として町内外のクリエイターとともに頭をひねる。町を訪れる人に、林業を通じて出会った小国の魅力を語ることもしばしば。「この町の特徴は、外から来た人と町の人が化学反応を起こせることです」。林業を軸に、外の世界と豊かな関係性を築いていくスタイルは、入交さんの人柄と林業の持つポテンシャルの高さを物語っているようだ。「新しいカルチャーが生まれやすい感性豊かな土壌が魅力ですね」。
 
小国町森林組合に所属する徳永さんと宮阪さんの写真
「小国町森林組合」に所属する徳永満貴(とくながみつき)さんと、宮阪辰美(みやさかたつみ)さん。「山の仕事は、山から海まで繋がっています。色々なことを考えながら働けるのが魅力です」。と語る。

伐倒の様子の写真
全長30メートル、およそ800kgの成木の伐倒シーンは圧巻!木と人の安全へ最大限の配慮をしながら、命への感謝の気持ちを込めて1本の木の命を伐り倒す瞬間、現場は緊張感に包まれる。

徳永さんの写真
飲食業界に20年勤め、狩猟の現場に興味を持つと、次第に山に向き合うようになったという徳永さん。木こりとして働き始めて3年目になる。


「私は元々“木が好き”というよりも、山が荒れると魚が獲れないという壮大な自然の営みを支える林業に興味を持ちました。山が豊かでなければ、飲水も枯渇するし、農業だって不作になる。見えない部分で林業はあらゆる産業の根幹にある、という事実に関心があるんです。さらに、1本の木を植えてから伐り頃を迎えるまで、半世紀以上かかります。自分の世代では結果は見えないけれど、それを生業として粛々と取り組んできた町や人の在り方は、なんてかっこいいんだろうって本気で思っています」と入交さん。人も自然も命あるものが互いに支え合って生きていることをはっきりと自覚しているからこそ、山の仕事へのリスペクトが色褪せることはない。
最後に。「入交さんにとってSDGsって、なんですか?」と問う。「人間らしさを取り戻すこと。私たち自身が“生きもの”であることを忘れないことだと思うんです。人も木も、それぞれに個性があって、揺らぎがある。そのことを認めながら、ともに生きていくことが大事なんだと思います」。林業は、一生の仕事。命あるもの同士が互いに支え合いながら、次の世代を育み、つなぐ仕事なのだ。

【Data】
小国町森林組合
所在地 阿蘇郡小国町大字宮原1802-1
Tel 0967-46-2411
HP http://ogunisugi.com/
Facebook https://m.facebook.com/ogunisugi/

小国杉の写真

自然と人に寄り添い生きる
「かける木工舎」の仕事


町中心部から杉並み木を抜けた先。せせらぎの音と眩しい緑に囲まれた、里山の景色の中にその場所はある。「かける木工舎」は、自然体な佇む姿が印象的な東村英司(ひがしむらえいじ)さんと明るく大らかな當房こず枝(とうぼうこずえ)さんのお二人が営む家具工房だ。会社員として別々の人生を歩んでいた二人は、互いにものづくりの道を志し、進学した長野県にある全国有数の家具専門学校で出会った。
「僕は昔からインテリアショップの中を散歩してるだけで楽しいと思えるくらい家具が好きでした。ただ、好きだからそれを仕事にするという発想にはなかなか至らず、大学では農学部で微生物にまつわる研究をして、卒業後も食品会社の営業職として働いていました」。そう話す東村さんに転機が訪れたのは、会社員4年目の秋。「テレビから流れてきた家具職人の映像に衝撃を受けて、こんな風に生きたいと思ったんです」。それから1年半後、東村さんは長野へと居を移した。

かける木工舎の東村さんの写真
食品会社では営業職としてスーパーの売り場に立つこともあったという東村さん。働きながら、家具職人になりたい、という自分の覚悟を確かめるように受験勉強に励んでいたという。


「長野の学校では、年齢も経験もさまざまな人たちが集っていて、本当に、毎日ワクワクするほど楽しかったですね」。1年間のカリキュラムを終えた東村さんが、宮崎県の工房を経て、パートナーの當房さんとともにここ小国町に拠点を構えたのは2019年5月のこと。
「僕が働いていた宮崎県の家具工房は、3年で独立するというのが風習でした。3年の満期を前に、タイミングよく小国町の家具工房だった場所が空き家になるという話を聞きつけて、すぐに見学に来ました。小国のことも小国杉のこともよく知らなかったのですが、やるならここしかない!と即決でした」。

 
かける木工舎の写真
小国町の中心部から、山林地帯を抜けた先にある「かける木工舎」の工房。里山の風景に溶け込むこの場所で、家具は生み出される。


「ここは町の中でも奥まった場所にありますし、最初の数カ月はあまり仕事がなくて工房一帯の草刈りばかりしていました。今では友人も増え、ここ以外で暮らせないんじゃないか?というくらい、ここでの日常がしっくり馴染んでいます」と笑う。知り合いもいない中で始めた小国暮らし。次第に東村さんたちの活動を聞きつけた町の人からは、ポツリポツリと依頼が舞い込むようになった。「お蕎麦屋さんと木製のトレーを一緒に作ったり、個々のライフスタイルに合わせた椅子やテーブルを作ったり。他所から来た僕らを快く受け入れ、依頼してくださることがありがたかったですね」。知らないものをすんなりと受け入れることができるのは、“学習と交流”をテーマに町づくりをしてきた町の人々の気風なのだろう。

 
かける木工舎の作品の写真
「細部にまで気を配り、丁寧に作ることを心がけています」と東村さん。細かなこだわりを積み重ねることで作品は普遍性を宿す。

木のトレーの写真
お蕎麦屋さんと一緒に開発した木製トレー。細かい部分まで細やかな配慮がなされたトレーは、手に取るたびに感動を呼び起こす。


「かける木工舎」という屋号も、この地で決めた。「僕らは依頼を受けて製作をすることが多いんですが、その方ならではの視点を盛り込んだプロダクトを一緒に生み出すことが何より楽しいと感じてます。だから、僕らの持っている技術と何かが掛け合わさる、という意味で“かける木工舎”と名付けました」。依頼主の細やかなリクエストに丁寧に耳を傾けながら、職人として自らの見えないこだわりを重ねた家具を作ることは、東村さんにとって小国の人を知り、小国杉を知り、町の在り方を知ることとイコールだったようだ。
「家具を作る木材も、以前は材木屋から購入していましたが、今では自分たちの足で市場へ赴き、森林組合さんと相談しながら1本1本木を選んでいます。その命を無駄にせず、暮らしの道具として活かしたい。素材に向き合う姿勢も変わったと思います」。
人も自然も、命あるものは等しく尊重される。自然体で濃密なコミュニケーションを重ねながら作りあげる東村さんの作品には、この町が培ってきた本質的で温かいカルチャーがしっかりと宿っていた。


【Data】
かける木工舎
所在地 阿蘇郡小国町西里1608-2
お問い合わせ info@kakerumokkosha.com
HP https://kakerumokkosha.com/
facebook https://www.facebook.com/kakerumokkosha